学校に「洗脳」されていたのは、自分だったのかも〜不登校になりました

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※2017年12月に書いたものを再掲しています※

 

「学校へ行きたくない」と休んでから1週間ほど。

不登校になりかけていた子供が、完全に不登校になってしまいました。

でも、まだ1週間です。

今まであんなに1日24時間じゃ足りないと思っていた私が、こんなに1週間を長く感じてしまうなんて。

もう少し早く、対処すべきだったのかもしれない。

上の子のときにわかっていたはずなのに。

周りに流されてはいけないと言っていた私が、一番流されていたのかもしれない。

学校が楽しくないと言っていた娘

上の子(娘)は、高校生。
現在は将来の夢をかなえるために、通信制高校に在籍しています。

娘は小学校高学年ころから、「学校が楽しくない」と頻繁に言うようになりました。

理由は友達関係、担任の先生など…色々ありました。

それでも娘は、たまに休むことはあったものの、がんばって学校へ行っていました。

今思えば、あのときは相当ガマンしていたんだろうと思います。

子供の気持ちを理解していたつもりだったけど、私は心のどこかでやっぱり「子供は学校へ行くのが当たり前」だと思っていました。

子供の辛さをわかっていたのに、「行かなくていいよ」と言えない自分がいました。

今となっては笑って話せますが、義務教育期間は楽しいものではなかったと、娘はよく言っています。

先日、Kが不登校になってから娘と会話したとき、とても考えさせられることを言っていました。

「義務教育の間、頭の中が学校に支配されていたのかも」
「もし今とちがう進路を選んでいたら、きっと学校のことに支配されて、自分がダメになっていたと思う」
「今自由で、とても楽しい」

と。

それは今、娘の生活を見ていて私も思うことで。

私立の通信制高校を選ばずに、公立高校の普通科を選んでいたら、娘はきっと苦しんでいたんじゃないかなと。

だから今の選択をして、本当に良かった。

現在娘は、とても充実した毎日を送っています。

とはいえまだ子供なので悩むこともたくさんありますが、私は娘の相談相手であり、理解者でいるつもりです。

「学校はなぜ行かなきゃならないの?」と泣きながら聞いてきた

不登校になってから数日後、Kが布団の中でこんなことを言ってきました。

「学校はどうして行かなきゃならないの?学校へ行かなきゃ立派な大人になれないの?」と。

私は「なぜ行かなきゃならないのか」という問いに対して、すぐに答えが出ませんでした。

「学校が辛いなら、無理してまで行くことはないんだよ」と言うのが精いっぱい。

子供が納得する答えを出すことができませんでした。

でも、「学校へ行っても立派な大人になれない人もいるし、学校へ行かなくても立派な大人になれる人はたくさんいるよ」と伝えました。

子供の思う「立派な大人」がどんなイメージなのかはわかりませんが、学校がすべてではないということだけはわかってほしかったから。

その翌日、担任から「Kくんに会えませんか?」という電話が来ました。

何も考えずにOKしそうになったけど、私の意志だけで決めてはいけないなと思ってKに「先生が会いたいって言ってるけどいい?」と聞きました。

Kの答えは「いやだ」。

勝手に判断しなくて本当に良かったと思うのと同時に、そんなに学校が辛かったのかと思うと胸が締め付けられる思いでした。

あのとき私が、私の気持ちだけで先生とKを会わせていたら。

おそらく先生は、「早く来れるといいね」と言っていたでしょう。

そして先生からの言葉がKの心に突き刺さって、もっと辛くなっていたと思います。

それくらい、判断のひとつひとつが最悪命取りになる。

私はそこに気づけたけど、先生は気がついていないようです。

先生が一度私と話したいと言うので、先生に会いたくない子供には会話が聞こえないよう、奥の部屋を閉め、玄関先で話をしました。

正直、そのときは私も会いたくはなかったですが…。

先生が家へ来たその日、実はクラスで行事があって。
でも子供は休むことを選択しました。

私は「もしかしたら行事だから行くかな?」と心の片隅で思っていたのですが、「行かない」という言葉に、傷は相当深いんだなと気づきました。

そのクラス行事。

担任は翌日に延期していました。

玄関先で話したとき、「もしかして明日来れるかもしれないと思って、延期にしたので来れたらやりましょう!ムリにとは言わないので」と。

良かれと思ってのことでしょうが、その先生の言葉を子供に伝えたらどうなるか、私はわかっていたので伝えませんでした。

そのとき同時に、クラスメイトの誕生日カードを書いてほしいと渡された紙も、一切子供には見せていません。

さらに先生は、「Kくんに、新しい本が入ったと伝えてください!」と…。

何とかして来てほしいのはわからなくもないけど、先生はおそらくそこまで深刻だと思っていないんだなというのが目に見えてわかって。

「お母さんとしてはどうですか?どんなお気持ちですか?」と聞かれたので、「学校は辛いならムリして行かなくていいと思っています」とはっきり言いました。

学校は行かなきゃならない、でも辛くて行きたくない。

そう思っているKは、きっとものすごい罪悪感を感じています。

どんなに大丈夫だと言っても。

子供が安心できるまで、私は大丈夫だと言い続けたいです。

「学校」に支配されていたのは、私だったのかもしれない

その翌日も、Kは学校へは行きませんでした。

学校へ電話したとき、「遅刻してでもいいから、一人で来るのが難しければ、お母さんと一緒でもいいから、行事に参加できませんか?」と言われました。

もちろん、お断りしました。

保健室登校や別室登校、母子登校することがあるというのは知っていたけど、私は先生に言われたとき、「そこまでして学校に行かなきゃならない理由ってなんだろう?」と思いました。

そして、数日前に子供に聞かれた「学校はどうして行かなきゃならないの?」という問いの答えが出せた気がしました。

子供の頭の中もそうだったのかもしれないけど、子供たちよりも誰よりも、私の頭の中が「学校」に支配されていたんじゃないか、洗脳されていたんじゃないかと。

私は子供たちを洗脳していたのかもしれない、私も洗脳されていたのかもしれない。

先生と電話で話しながら、そんなことが頭をよぎって。

私は「おそらくしばらく行けないので、今後は出席できそうだったら連絡します」と強めに出てしまいました。

危うく感情が爆発しそうだったので、「でも学校からは毎日連絡します」と言われても断れず、感情を抑えるのが精いっぱいでした。

今は子供の不安を取り除いて、安心して過ごしていくことだけを考えなければ。

忘れられないかもしれないけど、しばらく学校のことを考えずに、Kの心が元気を取り戻して来たら、また次の選択肢を考えたいと思います。

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