不登校の子供へのお手紙問題〜「良かれと思って」は時に人を傷つける

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※2017年12月7日に書いたものを再掲しています※

 

子供が学校に行けなくなってから2週間。

少しずつ気持ちを教えてくれるようになり、今までどれだけ我慢していたのかがわかってきました。

あまり質問すると心を閉ざしてしまうので、本当に少しずつ。

Kが自ら話してくれるときに限ります。

親がこれだけ慎重に対処していても、学校にはなかなか伝わりません。

「明日は来れそうですか?」
「今日は難しいですか?」

家に担任が来ても玄関先だし、どんな話をしたかは本人には言わないけど、どうしても聞こえてしまうし、おおよそはわかってしまうから、余計にモヤモヤします。

どうにかして来てほしい気持ちはわかるけど…

先日、校外学習がありました。

それがすごく、Kにとっては楽しいことで。

「その日だけは行こうかな」と、最初は言っていました。

担任からはほぼ毎日電話がくるから、校外学習のことも、どうするかもちろん聞かれていました。

私は「まだわからないけど、行こうかなという気持ちはあるみたいです」と。

すると先生の声色が確実に変わって。

「そうですか!良かったです!校外学習に行くのなら、前日にある事前学習にも来てください!
お母さん付き添いでいいので!いや、前日だけと言わず明日も来て欲しいです!!」と。

行くのが確定だなんて一言も言ってないのに、もう来るもんだと思ってる先生。

私は「確実に行くではなくて、行こうかなという気持ちになっているだけです。

もしかしたら当日ダメかもしれないし、前日の事前学習に行くのは厳しいと思います。」ときっちり伝えました。

すると、「あーそうですかー」とがっかりしたようすで。

先生は「今日また渡すプリントがあるので、ポストに入れときますね」と言って、電話を切りました。

「学校に来てね」の手紙はかえってプレッシャーになることもある

ポストに入っていた封筒を見て、あ然。

表面にはイラストと子供に向けたメッセージ…そして「校外学習行こうよ!」と書かれていました。

「行くかもしれない」というのがよっぽどうれしくて、喜ばせたいと思って書いたのかもしれません。

でも、今それをやるのはちがうと思って。

喜ぶどころか、プレッシャーに感じてしまいます。Kはそういう性格です。

しかも。

数日前に、今は受け取れないと言って断っていた、ほかの児童からのお手紙が一緒に入っていました。

「元気になって早く学校へ来てね」
「お腹の具合が悪いと聞いて心配しています」
「みんな待ってるよ」

というメッセージがたくさん…。

とても今のKには見せられない言葉の数々。
予想通りの手紙でした。

断っているにも関わらず、どうして入れたんだろう。

今はその段階ではないのに。

どうしてナーバスになっている心の中に、土足で踏み入るようなことをするのだろう。

私は、Kには見せませんでした。

見せるべきと思う人もいるかもしれない、でも。

どういう対処がいいかというのは本当に人それぞれで、もしかしたらこれで喜ぶ子供もいるかもしれません。でもKはそんな性格じゃありません。

「きっと喜んでもらえるはず」と思っての行動だとは、わかります。

でも、これがきっかけで「学校へ行こうかな」という気持ちにはならないでしょう…。

これまですごく我慢していたのだから、そんな簡単なものじゃないのに。

「良かれと思って」は本当に相手の立場に立っている?

こういう「良かれと思って」の行動は、逆に人を傷つけることもあります。

あくまでも例ですが、災害時のボランティア活動に例えてみるとわかりやすいと思います。

「助けたい、役に立ちたい」という自分の気持ちだけで、着の身着のまま、なんの準備もせず現地に行って、結局人に迷惑をかけてしまったり。

何か善意をと思って、必要な支援物資を調べもせずに自分の憶測だけで、被災地に物資や千羽鶴を送ったり。

こういうことと同じなのではないでしょうか。

「良かれと思ってしてくれたんだから、とりあえず受け取って感謝しよう」

と思う人もいるかもしれない。

でも、その善意が逆に相手を困らせてしまうかもしれません。

だから「良かれと思って」というのは、悪く言うと「善意の押し付け」にもなりうるのです。

自分の思う「善意」と他人の思う「善意」はちがうし、その「善意」で人が傷つくかもしれない。

自分も気をつけなければならないなと思う反面、これがマイナス効果だということに気づかない先生に対して、ものすごく腹が立ってしまいました。

結局行けなかった校外学習。だから親子で行ってくる。

一応、校外学習に行くなら事前学習に来て欲しいと先生が言っていた、ということはKに伝えました。

案の定Kは「行かない」と。

「校外学習も行かない」と言ってきました。

先生が上げたハードルによって、楽しみな行事も行けなくなってしまいました。

この件の翌日、先生から電話が来て「行けそうですか?」と聞かれたので、「事前学習も行かないし、校外学習も行かない」ということを伝えました。

「えー!じゃあ当日現地集合でもいいので来られませんか?」と。

最初からそう言ってくれていたら…と思ったけど、面倒で言葉を飲み込んでしまいました。

行きたくなくなった気持ちを変えるのは難しいです。

私も何度も聞くのはイヤだし、何よりしつこく聞いたところで辛くなるのはKだから。

結局、校外学習には行きませんでした。いや、行けませんでした。

言葉のひとつひとつですら、慎重に対処が必要なのに。

先生はそれすらもわかってくれません。

ただのワガママだと思っているのでしょう。

母親が甘やかしているとでも思っているのかもしれません。

学校とは分かり合える気がしません。

電話もしないで欲しい。
でも学校側としてはしなくてはならない。

電話のたびに無神経さというか、ちょっと刺激したら来るだろうみたいな雰囲気。

学校や先生によって傷ついた心はそう簡単に修復できないってことを、わかって欲しいです。

「校外学習行けなかったから、今度どこかお出かけしようね」とKに言ったら「うん!」と笑顔が戻りました。
これで良かったのかな。

近々お出かけしてきます。

Kの行きたいところへ。

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