「辛いなら学校に行かなくてもいいよ」は無責任だなと思う今。

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※2020年1月9日に書いたものです※

冬休みが明けて、昨日からまた学校が始まりました。

「辛いなぁ」「行きたくないなぁ」って思いながら行ったお子さん、その背中を見送った親御さんもたくさんいることと思います。

我が家の息子Kは、前日から「めんどくさいなぁ」と言いながらも、学校へ行きました。
辛かったら行かなくてもいいよ」とKに思わず言いそうになりました。でも飲みこんだ。

行かないことを選択すると、待っているのはまた沈んだ日々だと、今は思うから。

学校が辛いなら行かなくていいとは思うけど、軽くは言えない

不登校だった約1年半。
振り返ってみると、最初は本当に「もう学校なんて行かなくてもいい」と思っていました。

学校の先生に理解されず、我慢させられていたこと。
薄々気づいていたのに、ムリをさせてしまった私。
ただひたすら反省の日々でした。

でも、どうにかして子供の気持ちを上に向けなければならない。
そう考えて必死だった。

「行けなくても大丈夫だよ、なんとかなる」って毎日のようにKに言っていたけど、本当は「この先どうなるのか」って不安で仕方なくて。

それもKはきっと感じ取っていて。
今思えばなんのなぐさめにもならなかった。

先の見えない、このままで大丈夫かっていう不安な気持ちは、引っ越すまで消えることはなかったし、今でも少し不安です。
学校へ行けなくなってからいろんなことをして、いろんなことを考えたけど。

学校のことはもう割り切って、縁を切って、不登校になった子供が気にせずポジティブに生きていけるのって・・・ほんのひと握りなんですよね。

親もしかり。

<学校が合わなかったら、学校以外の居場所を見つける>
<なるべく社会とのコミュニティを作る>

これはいろんな人の経験談だったり、病院の先生だったり。

子供が不登校になると、必ずと言っていいほど言われる言葉で…「辛いなら行かなくていい」と同じくらい目にする言葉です。

でもそこまでのエネルギーが親になければ…いや、親にあっても子供になければ、それすら難しくて。

背中を押すか気持ちを受け入れるか

私自身、行動できたのは子供が不登校になってから1年近く経ったころでした。

それまで、なんとか気持ちが上向くようにと子供にいろいろ提案してみたり、一緒に何か初めてみたりしたけれど、結局続かなかった。

ようやく動いて、不登校の子供向けに対応してくれる放課後デイに週1で行けるようになって。
そのあたりから、子供の気持ちも少しずつ変わってきたんじゃないかなって、今は思っています。

私が動くきっかけになったのは、定期的に通っていた病院の先生の言葉。

「居場所になるところを見つけて行かせたいけど、子供があまり乗り気じゃない」と私が相談したとき、先生はこう言いました。

「きっと今のKくんは、何を言っても首を縦にはふらないとと思う。
もちろんムリは良くない。
でもお母さんが背中を押すことも時には大事で。そのタイミングは難しいかもしれないけど、思い切って、一度デイに行ってみよう!って言うのもありかなって思うのね。
それでもしダメだったら、また次を考えたらいい。深く考えず、まずは気軽な気持ちで始めてみたらどうだろう?」

そうか。思い切って行動してみるのもありなんだな。

これ以上傷ついてほしくなかったし、私が決めてしまうとまた子供にムリさせてしまうんじゃないかって…ずっと思っていて。

それが動けなかった理由でもあったし、自分の気力もそこまでなかった。
でも、先生の言葉で「とりあえず、あまり深く考えずにいこう」とやっと動きだすことができました。

結果的にそれが良い効果をもたらして、週に1度だったけど、Kは毎週のデイを楽しそうに、過ごしていました。
「自分はここに来ていい、居場所がある」って思っていたのかな。

反面、学校はずっと行けませんでした。
学校には居場所がないとKは感じていたんだろうと思うし、私自身もそこは感じていました。

安心して過ごせる場所が家庭にあったからこそ、ほかの居場所があったからこそ、行かないことを選択できたんだろうと思います。

ただ、このままずっとこの場所にいて…と思うと、希望が見えてこなかった。

だからきっかけは家庭の事情なども絡んでいるけど、思いきって環境を変えるのもアリなんじゃないかなって思って。
それで引っ越しを決めました。

引っ越して学校を転校して、ガラッと環境を変えることは簡単にできることじゃないし、変えたからといって良い方向にいく保証はない。
でも、ただ漠然と「今よりきっと良くなる」って…わからないけど、そんな気持ちがありました。

実際に引っ越して、良い環境にめぐり会えて。
Kは少しずつ、学校へ行くようになりました。

行くのが面倒だなと思っている日もきっとあると思います。
でも、それは「辛い」とはまた違う感情なんだろうなって、Kを見ていて感じています。

特にこの半年間は、学校に行くことも増えて行事にも参加するようになりました。
それはなぜか。

私はやっぱりKを取り巻く「環境」じゃないかなって思います。
不登校だったKを最大限理解してくれている学校、初めから自然に受け入れてくれたクラスの子供たち。
そしてK自身が、「学校に、クラスに自分の居場所がある」と感じているからだと。

面倒だって言う日もあるけれど、あんなに辛いと思っていた学校が、あれだけ暗くどんよりした日々を送っていたのが、「楽しい」って言うようになりました。

楽しいと思えるから、いろんな行事に参加してみようとがんばったり。
きっとあのままあの場所にとどまっていたら、今の私たちはないだろうと思います。

エネルギーが動力になる

自分の子供が不登校になって、いちばん学んだこと。
それは「がんばる」ことは、心を削ってボロボロになるまで、辛いと思ってすることじゃなくて。

エネルギー貯金はすごく大切だなということです。
ボロボロになってから回復させようとしても、長い時間がかかるから。

エネルギーが貯まっているからこそ、がんばれるんじゃないかなと。
プラスエネルギーがたくさんあれば、それが動力になる。そして、動けたことがまたプラスになって貯まっていく。
エネルギーが貯まっていないまま動けば減る一方で、いつまでも貯めることができない。

今の子供たちの多くは、このエネルギーがないまま毎日を過ごしているんじゃないかなと、見ていて危機感すら感じます。

そこに気づかず、いや気づいていても私のようにムリをさせてしまうからこそ、不登校になってしまう子供が増えていく一方なんじゃないかと。

あとは環境です。
子供にとって良い環境でなければ、回避することを考えなければならないと思います。
でもそこがすごく難しいところなんですよね。

親の居場所も必要

冬休み明けの朝、Kを学校へ送る途中、泣きながらお母さんに連れられて登校する子供を見かけました。

「きっと辛いんだよね。学校へ行くのが。
でも、お母さんもきっとわかってるはず。わかっているけど、不安なんだ。
いちばん辛いのは子供だけど、学校へ連れていくお母さんもまた、辛いんだよなぁ。」
と、心の中で思っていました。

「辛いなら行かなくていい」とは思う。
でも「学校が辛いなら行かなくていいよ」って言葉は、今の私は軽々しく言えないです。

もちろん、この言葉で救われる人もいるとは思うし、学校がすべてではない。
ただ、今の仕組みでは不登校になるとなんの手助けもなくて。

学校に適合しなければ自己責任になって、親がどうにか居場所を探さなければならなくて。

私は在宅で仕事ができていたからなんとかなったけど(それでもかなりセーブはしていました)、子供が心配だけど仕事に出なきゃならない、または子供のために辞めざるを得なくなる人だっていて。

だから「辛いなら行かなくていい」って言葉だけなのは無責任だなって思うし、なんとかなるとは思っていても、私自身がまだ不安で手さぐりだから、なおさら言えないな。

居場所を見つけてあげるのが親の役割なのもわかるし、いちばん辛いのは子供なのもわかるけど、親の辛さを受け入れてくれる場所も必要だなって思います。

子供の居場所と同時に、親の居場所も必要なんじゃないかな、セットなんじゃないかなって。

不登校になってまず必要なのは好きなことに没頭する

深く傷ついた子供にまず必要なのは、「楽しいと思えることを増やす」ことだと思っています。

我が家の場合は不登校になって勉強面がいちばん心配で、今の学校にきてからも国語などの教科は抵抗があってほとんど受けられませんでした。

きっと前の学校で苦手意識がついてしまったんだと思います。
でも、ここ最近ではその時間も少しずつ登校するようになってきました。

学校に居場所があって、楽しいと思えるときが増えたからこその意欲じゃないかなと、思っています。

「待つ」ことはすごく根気のいることだし、勉強がどんどん遅れてあせってしまう気持ちもあるけど、子供には子供なりのペースが、モチベーションがあるんだと思います。

だからまずは楽しく学校に通うだけでいいかなって…今は学校へは人との関わりやコミュニケーションを学びに行っていると考えています。

他人との関わりが必要ないって思う人もいるかもしれないけど、私はすごく大事だなって思っているので。
自閉傾向の強い子だからこそ。

今行けているから言えることなのかもしれないですが。

がんばりすぎると必ずどこかでしわ寄せがくる

学校に行けなくて苦しんでいる子供や、子供の不登校に悩む親御さんはとても多いです。
学校に行けていても、ギリギリの線でなんとか…っていう人も。
辛いんですよね。これは経験した人にしかわからない。

我が家は子供が五月雨登校だし、今環境に恵まれているから安心して行けているだけで。
中学校にあがったらまた環境もガラッと変わって、辛くなってまた行けなくなるかもしれない。

でも不登校を経験して、回復期も経験して。
まだ道は途中だけど、またもし学校へ行けなくなったら。

根拠はないけど、不安はゼロじゃないけど、大丈夫だなんとかなると思っている自分がいます。私は強いのかもしれません。

これは余談ですが、何か子供と一緒に楽しめることがあったら、心持ちが全然ちがう気がします。

なるべく…というか、子供と関わるうえで必須なんじゃないかなと思っているのが、子供の流行や好きなことを把握して、できれば一緒に楽しんでみること。

これは先生にも言える気がします。
ゲームとか、芸能人とか音楽とか。子供が好きなことを。
我が家にはそれがあったことが、すごく大きいなって…。

家庭の中でお互いが孤立せずに済んだのは、そういう関わりがあったからだと思っています。
私自身、子供が興味を持っていることに関心があるからかもしれないですが。

子供のためにと必死になりすぎると、疲れちゃうし子供も気がつく。
大変だけど、大変な中でも親御さん自身の息抜きは絶対に必要です。

なかなか難しいかもしれないけど、親が前向きでいることはすごく重要なんだと思います。
今でこそ前向きですが、それでも辛いと思うときはたくさんあります。

「給食が食べられたらお弁当作らなくて済むのにな」とか、毎日の送り迎えがどうしようもなくキツいとか。
あげたらキリがないくらい、辛いことはあります。

でも何も解決しなくても、言葉を吐き出したりすることは心がスッキリすると思うから、私はこうして書き続けています。

冬休み明け、がんばりすぎないように。
子供を見守りながら、自分も気をつけたいと思います。

今年の目標は、「がんばりすぎず、ほどほどに」。

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