子供の人生を自分が変わってあげられないからこそ、考える力を

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※2019年5月16日に書いたものです※

 

最低限の勉強が必要なことは、子供もわかってる。
義務教育の意味も、私はわかってる。

教育を受けさせなきゃならない。でも子供に学ぶ意欲がなかったら?

「子供が学びたいと思うまで、待ちましょう」
「待つことが大事」
「子供の気持ちを一番に」

わかってます。わかってます。でも。

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先の見えないことにずっと時間を割いていられるほど余裕のある親って、そんなにいないと思います。
学校には行った方がいいとか行かなくていいとか、子供にとってはそんなことどうでも良くて。

不安な気持ちをどうにかしたくて。
ただ、それだけなんじゃないかなって、最近私は思っています。

どうして行けないのかやっぱり知りたい気持ちもあるけれど、子供が知って欲しいのはそういうことじゃないんだろうなって。

毎日学校に行けないこと、行けない自分、がんばりたいのにがんばれないこと。
それを知って、受け止めて欲しいんだろうなって。

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「学校に行かない」選択って、子供にとってすごく勇気のいることだと思います。
先が見えないから。

それを受け止める親もまた、受け止めよう受け止めようと思っても、先が見えないから不安で。
私も割り切ったつもりでも、いつまで続くのかなと不安になります。

Kは今、少しずつ学校に行こうとしていて、そこは尊重したい。
でもどこまで背中を押していいのか、わからなくなるんです。

「どこかで大人に忖度していないかな?」
「ムリしていないかな?」って思ってしまうんです。

デンと構えていればいいのかもしれない。
でもやっぱり不安なんです。

子供が一度深く傷ついて、せっかく少しずつ前に進んで、以前の息子を取り戻してきたのに、また逆戻りしてしまわないだろうかって。

親の考え方や価値観って子供にすごく影響します。だからこそ、言葉の一つ一つには責任がともなう。親だけでなく、大人に言えることです。

そして、子供の人生を誰も変わってあげることはできない。
だからこそ、それが子供にとって最適なのか?ってことを毎日のように悩んでしまいます。

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「不登校は問題行動ではない」とか「学校が辛いなら行かなくていい」とか言うのは簡単だけど。
安心して学校を休める選択肢がない今、どうすれば?本当に休んでいいの?って、親の私でさえ思うんですよね。

だったら子供なんて、なおさら思っているはず。
「行けなくても大丈夫」の根拠を、私はまだKに示せていないんです。

ホームスクールとか、フリースクールとか、居場所を探すのもわかる。
確かに今はどこでも学べる。ネットだってYouTubeだって、たくさんある。

「学校で教わる学習指導要領に沿った勉強は、学校じゃなくてもできる」のもわかる。
最低限の学力は身につけておいた方がいいし、その上で将来の選択肢が広がるように、学びたいことを学んで欲しい。

以前から私はこう思っているし、Kにもそれは伝えています。

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Kは引っ越して環境が変わってから、表情も気持ちも変わっていることは確かです。

ここ最近は、学校に行かない日は国語・算数と…家で勉強を始めました。
あれだけ勉強に拒否反応を示していたのに、です。

それも勉強するTを見て、仕事をする私を見て、「自分だけ何もしていない」という気持ちもあったのかもしれない。
きっかけは後ろめたい気持ちだったのかもしれないけど。

ただ「一緒に」じゃないとできません。きっと1人では不安だからこそなのでしょう。
子供の勉強につき合うとなると、その分子供に割く時間が多くなる。

横でその時間は私も違うことを勉強しようと思っても、仕事をしようと思っても、今のKは1人ではできない、やる気が起きないのです。

Kが勉強している時、私は学校の先生のような役割なんだろうと思います。
そう思うと、不登校になった子供の学びを家庭でやらなきゃならない今の義務教育はやっぱりおかしい。

これだけ不登校の子供がいるのに、問題行動ではないと言っておきながら、結局何も変わってなくて。
でも教育を受けさせなければならなくて。

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親は先生のように「学びのプロ」ではないから(プロなのにプロじゃない人もいるけど)、子供に教えることって限度があるし、子供にはこれが合うっていうのが親だけではわからなかったりする。

だから行けなくなって学べなくなった子供に対しても、勉強面とか色んな面で親と学校とがうまく連携できればいいなって。

いや、本来はそれが当たり前なのかもしれないけど、できていないところが大半なんだろうなって。

先生は忙しいから、学校に行っている子供にどうしても比重がかかるというのもわかるんだけど、それって平等に学べないことになる。

傷ついて学校に行けなくなった子供は、学ぶ意欲も失っていて。
その傷を癒やすことが先決ではあるけど。

学校に適応できるなら、学校で学べるなら、そのほうがいいのかもしれないけど、合わない子もいれば色んな理由で行けない状態の子もたくさんいて。

その子供たちへの学びの保証が親にかかっている状態が、残念ながら今の義務教育なんですよね。

正直、負担が大きいなって…今の私は思います。口では大丈夫と言っておきながら。

「待つ」って忍耐で。心に余裕がないとできないことだなぁって。

だからなるべく、自分が余裕を持てるようにしたい。

親が冷静でいられることは、子供にとってもいい。それもわかっているから。

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ひとつ。今起きてるあのYouTuber騒動のこと。

「学校なんてクソだ」とか「学校なんて行かなくていい」って思った時も、私だって確かにあったし、子供自身が気持ちを発信することは、決して悪いことじゃない。

でも、自由に発信したその言葉で、同じ立場の子供を傷つけてしまうこともあるって、私はあの騒動を反面教師にして、ひとまず自分の子供たちには伝えたい。

見なければいいとか、そういう次元ではなくて、これだけネットが普及しているんだから、いやでも目にする子だっていると思う。

煽ったり、賛同するしないとかじゃなく、行かなくても大丈夫だと思える手立てをみんなで考えていけたらいいのになって、思います。

子供の人生を変わることはできないから。

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